目次
はじめに
「遺言はもう書いたから大丈夫」——そう思っている方は少なくありません。
しかし司法書士として相続のご相談を受けていると、せっかく書いた自筆証書遺言が、いざというときに思った通りの効力を持たなかったケースに出会うことがあります。
形式の不備で無効になってしまうケースもありますが、それ以上によく見かけるのは、書いた時点では正しかった内容が、何年も経つうちに実情と合わなくなっているケースです。
形式の不備で登記申請のときに遺言書が使えず、遺産分割協議で対応することも多くなり、遺言書を書いた意味が亡くなってしまいます。
ところで、2026年6月17日、参議院本会議で改正民法が可決・成立しました。
この改正には、スマートフォンやパソコンで作成できる「デジタル遺言(保管証書遺言)」の新設が含まれています。
今回は、この改正が私たちの「遺言との付き合い方」をどう変えるのかを、実務の視点から整理してみます。
自筆証書遺言の「落とし穴」
自筆証書遺言は、誰でも費用をかけずに作成できる手軽さが魅力です。
一方で、法律上の要件は決して緩くありません。
むしろ法律にしたがって書かないといけません。
全文・日付・氏名を自分の手で書き、押印すること。
この基本要件をひとつでも欠くと、遺言そのものが無効になってしまう可能性があります。
パソコンで打った文章に手書きで署名しただけのものや、日付が「令和8年6月吉日」のように特定できない書き方になっているものなど、ご本人は「ちゃんと書いた」つもりでも、法的には効力を持たない遺言になっているケースは実務上珍しくありません。
加えて、自筆証書遺言は自宅で保管されることが多いため、発見されない、誤って処分される、あるいは内容に不満を持つ相続人によって改ざんや破棄が疑われる、というリスクも抱えています。
もうひとつの落とし穴、「書いたら終わり」問題
形式不備よりも、実はもっと根深い問題があります。
それは、自筆証書遺言を一度書き終えると、多くの方がそれで「やるべきことは終わった」と感じてしまうことです。
しかし、遺言を書いた後にも人生は続きます。
再婚や離婚、子や孫の誕生、相続人となる方との関係の変化、不動産の売却や新たな財産の取得——状況は必ず変わっていきます。
本来であれば、そうした変化に合わせて遺言の内容も見直すべきなのですが、現実にはそうなっていないケースが多くあります。
理由は単純です。
全文を手書きで書き直すのは、最初に書いたとき以上に気が重い作業だからです。
「もう一度全部書くのは面倒だ」という気持ちが、書き直しを遠ざけてしまう。
結果として、何年も前の状況のまま固定された遺言が残り、いざ相続が発生したときに「もう実情と合わない内容になっていた」ということが起こります。
手書きという仕組みそのものが、見直しを遠ざける一因になっていたとも言えます。
改正で生まれた「デジタル遺言(保管証書遺言)」
今回の改正で新設されたのが、パソコンやスマートフォンで作成した遺言を法務局が保管する「保管証書遺言」です。
この制度では、押印の要件がなくなり、本人確認は身分証の写しなどで行います。
また、法務局が対面またはウェブ会議で遺言者本人に全文を読み上げてもらい、本当に遺言をする意思があるかどうかを確認する仕組みも設けられました。
デジタルデータであることの最大の利点は、修正や追記のしやすさです。
手書きのように全文を書き直す手間がかからないため、状況が変わったときに更新するハードルが下がります。
紛失や改ざんのリスクが軽減される点も、自宅保管の自筆証書遺言にはなかった安心材料です。
つまりこの制度は、単に「手間が減る」という話ではありません。
遺言を「一度書いたら終わりのもの」から、「人生の変化に合わせて更新していくもの」に変える可能性を持った仕組みだと捉えることができます。
それでも自筆証書遺言はなくならない
ここで誤解してはいけないのは、自筆証書遺言や公正証書遺言が廃止されるわけではないという点です。
従来の制度はそのまま維持され、自筆証書遺言の「全文・日付・氏名を手書きし、押印する」という要件も変わりません。
デジタル遺言は、あくまで選択肢が一つ増えたという位置づけです。
なお、施行は法律の公布から3年以内とされており、今すぐ利用できるわけではありません。
今後、システム整備や運用ルールの策定が進められる見通しです。
遺言の見直しを考えるタイミング
デジタル遺言が本格的に使えるようになるまでには時間がありますが、それまでの間も「遺言は一度書いたら終わり」ではないという視点は持っておく価値があります。
次のような変化があったときは、既存の遺言の内容を見直すきっかけとして意識しておくとよいでしょう。
- 結婚・離婚・養子縁組など、家族構成に変化があったとき
- お子様やお孫様が生まれたとき
- 不動産を売却・購入したとき、あるいは大きな資産の構成が変わったとき
- 相続人となる方との関係性に変化があったとき
- 遺言を書いてから5年、10年など、一定の年数が経過したとき
まとめ
自筆証書遺言は手軽である一方、形式の不備や「書いたら終わり」になりやすい性質を抱えています。
今回の改正で新設されるデジタル遺言は、修正のしやすさという点で、この課題に対する一つの答えになり得ます。
施行までにはまだ時間がありますが、「自分の遺言は今の状況に合っているか」を見直すきっかけとして、この機会に一度確認してみてはいかがでしょうか。
遺言の作成や見直しでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
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