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はじめに──大山のぶ代さんのニュースが教えてくれること
2026年4月、「ドラえもん」の声でおなじみの声優・大山のぶ代さん(2024年9月逝去・享年90)の遺産に関するニュースが注目を集めました。
報道によれば、2億円超ともいわれる自宅不動産を含む大山さんの全遺産が、誰の手にも渡らず国庫に帰属する見通しとのこと。
「なぜそうなるのか」「子どもがいない自分たちも同じことになるのか」と、不安を感じた方も多いのではないでしょうか。
この記事では、相続を専門とする江戸川区の司法書士が、法律の仕組みをわかりやすく解説するとともに、同じ状況にならないための生前対策をご紹介します。
大山のぶ代さんのケース:なぜ相続人が誰もいないのか
家族構成の整理
大山さんは1964年に俳優・砂川啓介さんと結婚。
子どもはいませんでした。
砂川さんは2017年に先立ち、大山さんも2024年に90歳で逝去。
法定相続人の範囲は「配偶者・子ども・父母・兄弟姉妹・甥姪」ですが、これら全員が他界していたか、相続人がいなかったとみられています。
その結果、法律上の相続人が誰も存在しない「相続人不存在」の状態になりました。
相続人不存在とは?基礎から解説
法定相続人とは何か
日本の民法では、亡くなった人(被相続人)の財産を受け継ぐ権利がある人を「法定相続人」と定めています。
| 順位 | 相続人の種類 | 備考 |
| 配偶者 | 配偶者(妻・夫) | 他の相続人と常に並列 |
| 第1順位 | 子ども・孫 | 子が先に亡くなっていれば孫が代襲相続 |
| 第2順位 | 父母・祖父母 | 第1順位がいない場合 |
| 第3順位 | 兄弟姉妹・甥・姪 | 第1・2順位がいない場合 |
補足:代襲相続とは?
相続人となるべき子どもや兄弟姉妹が被相続人より先に亡くなっていた場合、その子ども(孫・甥・姪)が代わりに相続することを「代襲相続」といいます。
ただし甥・姪の子ども(大甥・大姪)は代襲相続できません。
相続人不存在になるケース
以下のような場合に、相続人不存在になります。
- 配偶者も子どもも父母も兄弟姉妹もいない
- 相続人はいるが、全員が相続放棄をした
- 相続人がいるが、全員が相続欠格・廃除に該当する
子どものいない夫婦でどちらかが先立った場合、残された配偶者の相続人は「兄弟姉妹・甥・姪」まで広がります。
しかしその方々も高齢だったり、先に亡くなっていたりすると、相続人不存在になってしまうのです。
相続人がいない場合の手続きの流れ(民法の定め)
相続人がいないからといって、財産がすぐに国庫に入るわけではありません。
以下の4つのステップを踏みます。
ステップ① 相続財産清算人の選任(民法952条)
利害関係人(債権者・特別縁故者になりうる人など)または検察官の申立てにより、家庭裁判所が「相続財産清算人」を選任します。
相続財産清算人とは?
相続人がいない(または不明な)場合に、家庭裁判所が選任する財産の管理・清算担当者です。
弁護士や司法書士が選ばれることが多く、債権者への支払い、財産の換価・整理、特別縁故者への分与などを担います。
2023年の民法改正以前は「相続財産管理人」と呼ばれていました。
ステップ② 相続人の調査・官報公告
清算人は相続人を徹底的に調査し、官報(国が発行する機関紙)で公告を行います。
この公告期間は6か月以上と定められており、この間に相続人が名乗り出れば、通常の相続手続きに移行します。
官報とは?
国が毎日発行する機関紙で、法律の公布や裁判所の公告などが掲載されます。
相続財産清算人の選任や相続人不存在の公告もここに掲載されます。
一般の方が目にする機会は少ないですが、法的効力を持つ重要な媒体です。
ステップ③ 特別縁故者への財産分与(民法958条の2)
公告期間終了後3か月以内に、「特別縁故者」が家庭裁判所に申立てをすれば、財産の一部または全部が分与される可能性があります。
特別縁故者とは?
亡くなった方と法律上の相続関係はないが、特別に親密だった人のことです。
具体的には、内縁の配偶者(婚姻届を出していない事実上の夫・妻)、事実上の養子縁組関係にあった人、療養看護に長年尽力した人などが該当します。
自動的に認められるわけではなく、家庭裁判所への申立てが必要です。
ステップ④ 国庫帰属(民法959条)
特別縁故者への分与後も残った財産、または特別縁故者の申立てがなかった場合の財産は、最終的に国庫に帰属します。
今回の大山さんのケースはこの全プロセスを経て、国庫帰属が確定したとみられます。
今回の複雑なポイント:会社(個人事務所)名義の不動産
大山さんのケースには、もう一つ特殊な事情がありました。
自宅不動産が大山さん個人の名義ではなく、ふたりが立ち上げた個人事務所(株式会社)の名義だったのです。
その株主は大山さん一人のみ。
大山さんの死後、株式を承継する相続人がいないため、会社の清算手続きも並行して進められました。
昨年11月に事務所は解散し、相続財産清算人による清算の結果、売却済みの不動産の売却益も含めてすべて国庫に向かっています。
個人だけでなく、会社の株式や財産にも相続の問題は波及します。
会社を持つ方は、事業承継の観点からも早めに専門家に相談することが大切です。
同じ状況にならないための生前対策3選
「うちも子どもがいない」「自分はおひとりさまだ」という方に向けて、今すぐできる対策を3つ紹介します。
いずれも、判断能力がある今のうちにしか使えない手段です。
対策① 遺言書の作成
遺言書があれば、法定相続人でない人──甥・姪・友人・お世話になった施設・寄付したい団体──にも財産を渡せます。
特におすすめなのは「公正証書遺言」です。
公正証書遺言とは?
公証役場において、公証人の立会いのもとで作成する遺言書の形式です。
公証役場に原本が保管されるため、紛失・偽造・改ざんのリスクがありません。
また、自筆証書遺言と異なり、家庭裁判所での「検認」手続きが不要なため、死後の手続きがスムーズに進みます。
作成には公証人手数料がかかりますが、司法書士が事前に草案を作成することで、確実性の高い遺言書を作れます。
対策② 任意後見契約
任意後見は、将来認知症などで判断能力が低下したときに備えて、今のうちに信頼できる人に財産管理を任せる契約を、公証役場で結んでおく制度です。
大山さんは2012年に認知症と診断されていますが、その時点では遺言書も任意後見ももう使えなくなっています。
手を打てるのは「今」、判断能力がある間だけです。
任意後見と法定後見の違い
「法定後見」は認知症になった後に家庭裁判所が後見人を選任する制度で、本人が後見人を選べません。
対して「任意後見」は、判断能力があるうちに自分で後見人を選び、その権限内容を公正証書で定めておく制度です。本人の意思が反映しやすいという点で、任意後見が優れています。
なお、任意後見は「任意後見監督人」が家庭裁判所から選任されて初めて効力が始まります。
対策③ 家族信託(民事信託)
家族信託は、自分の財産の管理・処分権を信頼できる家族に移しながら、利益(家賃収入・売却益など)は引き続き自分が受け取る仕組みです。
認知症になると銀行口座が実質的に凍結されたり、不動産の売却ができなくなったりします。
家族信託を使えば、認知症になった後も家族が財産を適切に管理・処分できるようになります。
家族信託とは?(民事信託)
正式には「民事信託」といいます。
財産を持つ人(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる契約で、公証役場での手続きは不要ですが、信託契約書の作成には専門家の関与が必要です。
「誰に財産を渡すか」という受益者を自由に設定でき、遺言代わりに機能する「受益者連続信託」という応用形もあります。

