「株価がいくらか」の前に、「誰の株か」がわかっていますか

はじめに

2028年1月から、非上場株式(自社株)の相続税評価が大きく変わる見通しです。国税庁の有識者会議で、60年以上ぶりの抜本的な見直しが議論されています。

——という話を聞いて、多くの経営者がまず考えるのは「で、うちの税金は上がるのか、下がるのか」でしょう。当然です。

ただ、司法書士として事業承継の現場に立ってきた立場から言わせていただくと、その質問に答えを出すより前に、片づけておかなければならないことがあります

もっと言えば、税制がどちらに転んでも100%無駄にならない準備が、いくつも手つかずのまま残っている会社が驚くほど多いのです。

この記事では、評価ルールの中身そのものではなく、「評価する対象=株式そのものが、そもそもちゃんと整理されているか」という話をします。地味ですが、ここが崩れていると、税金対策以前に承継が止まります。

事業承継のご相談をお受けして、最初に必ずお願いすることがあります。

「株主名簿を見せてください」

このとき、次のいずれかの反応が返ってくる会社が、体感で半分近くあります。

  • 「株主名簿……作ったことがないかもしれません」
  • 「税務申告の別表二(同族会社の判定に関する明細書)ならありますが」
  • 「登記簿に載ってませんでしたっけ?」

念のため申し上げますが、株式会社の株主は登記事項ではありません。登記簿を見ても、誰が株主かは一切わかりません。そして株主名簿は、会社法121条で作成が義務づけられている書類です。

つまり「株主名簿がない」という状態は、それ自体が会社法違反であると同時に、自社株がいくらであろうと承継の設計ができない状態を意味します。

評価額が2倍になるか半分になるかは、たしかに重大です。しかし「誰が何株持っているか確定していない会社」にとっては、2倍も半分も等しく机上の空論なのです。

準備1|名義株を、当事者が生きているうちに片づける

なぜ古い会社に「名義だけの株主」がいるのか

平成2年の商法改正より前、株式会社の設立には発起人が7名以上必要でした。実質的には社長一人の会社でも、親戚や友人、従業員に頼んで名前を貸してもらい、形式を整えて設立した——これが名義株です。

出資したのは社長本人。名簿上の株主は別人。当時は誰もが「形式だけのこと」と理解していました。

問題は、その理解を共有していた人たちが、次々といなくなることです。

名義株が牙をむく瞬間

名義人が亡くなると、その相続人が登場します。彼らは当時の事情を知りません。知っているのは「亡くなった父が、あの会社の株主として名簿に載っていた」という事実だけです。

そして相続財産の調査で、その会社の株式評価額を知ります。

「うちにも相続する権利があるはずだ」

ここから始まる紛争を、私は何度も見てきました。しかも厄介なことに、名義株であることの立証責任は、原則として会社側・実質株主側にあります。出資金を誰が払ったのか、配当を誰が受け取っていたのか、株主総会の議決権を誰が行使してきたのか——40年前、50年前の記録を、今から集めなければなりません。

新ルールで、この火種は大きくなる

ここが今回の改正と結びつきます。

新しい評価ルールでは、赤字・低収益の会社の評価額は下がる一方、利益を出している会社の評価額は上がる方向とされています。つまり、業績のいい会社ほど「隠れた株主」が主張する金額が跳ね上がる

火種の大きさが変わるのです。

今できること

  • 株主名簿を作成・整備する(作ったことがなければ、まず作る)
  • 名義株が疑われる株主から、名義株であることの確認書を取得する
  • 実質株主への名義書換えを、当事者が健在なうちに済ませる
  • 連絡が取れない株主については、所在不明株主の株式売却制度(会社法197条)の活用を検討する

いずれも、税制がどう変わろうと1円も無駄になりません。そして先延ばしにするほど、確実に難しくなります

準備2|定款の「相続人等に対する売渡請求」を点検する

良かれと思って入れた条項が、凶器になる

自社株が分散するのを防ぐため、定款にこんな条項を置いている会社は少なくありません。

当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。

相続人等に対する売渡請求(会社法174条)です。「株が知らない人の手に渡るのを防げる」という説明を受けて導入したケースが大半でしょう。

その理解は、半分だけ正しい。

後継者が追い出される仕組み

売渡請求を行うには株主総会の特別決議が必要です。そしてここに落とし穴があります。

売渡請求の相手方となる株主は、その決議において議決権を行使できません(会社法175条2項)。

何が起きるか、具体的に描いてみます。

先代社長が発行済株式の80%を保有し、残り20%を先代の弟が持っている会社。先代が亡くなり、80%を後継者である長男が相続しました。持株比率だけ見れば圧倒的多数派です。

ところが、この会社の定款には売渡請求の条項があった。

弟が株主総会を招集し、「長男が相続した株式を会社に売り渡すよう請求する」議案を提出します。このとき長男は、当事者であるため議決権を行使できません。議決権を行使できる株主は弟だけ。決議は成立します。

80%を相続した後継者が、株式を会社に取り上げられ、会社から締め出される。

これは机上の空論ではなく、実際に裁判例のある類型です。

点検すべきポイント

  • そもそも定款にこの条項が入っているか(入っていることを知らない社長が多い
  • 入っている場合、自社の株主構成で不利に働かないか
  • 相続発生時に会社が買い取る資金(分配可能額)は確保できるか(財源規制があります)
  • 削除する、あるいは他の手段(譲渡制限+種類株式など)に切り替えるべきか

定款は「作ったら終わり」の書類ではありません。株主構成が変われば、同じ条項の意味が反転します。

準備3|「財産としての株」と「議決権としての株」を分けて考える

評価額が上がると、家族の公平が崩れる

自社株の評価額が上がると、税金以外にも困ったことが起きます。相続財産に占める自社株の割合が膨らむのです。

たとえば相続財産が「自社株5億円+自宅と預貯金で1億円」だったとします。後継者に自社株を集中させると、他のきょうだいの取り分は残り1億円。明らかに不公平です

かといって株を均等に分ければ、経営権が分散して会社が回らなくなる。

この矛盾を、株式そのものの設計で解くのが会社法の使い方です。

使える3つの道具

会社法には、財産としての価値と、議決権とを切り離すための道具が用意されています。代表的な3つを整理します。

道具何ができるか注意点
議決権制限株式後継者以外の相続人に、配当を優先的に受け取れる代わりに議決権のない株式を渡す。財産価値は分けつつ、経営権は後継者に集約できる配当を実際に出せる収益力が前提。無配のままでは不公平感が残る
拒否権付株式
(いわゆる黄金株)
重要事項に拒否権を持つ株式を1株だけ発行。株式を早めに後継者へ渡しながら、当面のブレーキは先代の手元に残せるこの1株が第三者に渡ると会社が機能不全に陥る。譲渡制限と、相続時の帰属の定めが必須
属人的株式
(会社法109条2項)
「株主Aは1株につき10個の議決権を持つ」など、株主個人に着目した取扱いを定款で定める。株式の内容を変えずに議決権だけ動かせる非公開会社限定。定款変更に総株主の半数以上かつ議決権の4分の3以上の賛成が必要

とくに黄金株は、先代が保有したまま亡くなると、その1株が相続人の共有状態になります。会社の重要事項に対する拒否権を複数人で共有するという、最悪の事態です。発行するなら、相続時に誰へ渡すかを必ず先に決めておいてください。

なぜこれが今回の改正と関係するのか

新ルールでは、「評価方式の選び方を操作する対策」が軒並み効かなくなると見られています。会社規模区分の廃止、類似業種比準方式の見直し、純資産価額の時価から簿価への変更——これまでの「株価を下げるテクニック」の多くが前提を失います。

一方で、種類株式や属人的株式による議決権設計は、株価評価そのものを操作するものではありません。財産価値ではなく支配権の話だからです。

だから制度が変わっても生き残る。むしろ、評価額が動いて家族間のバランスが崩れやすくなるぶん、重要度は上がります

準備4|「認知症で全部止まる」を防いでおく

最後に、最も見落とされているリスクの話をします。

どれだけ精緻な承継プランを描いても、先代が判断能力を失った瞬間、すべてが止まります

  • 株式の贈与ができない
  • 株式の譲渡ができない
  • 株主総会での議決権行使ができない
  • 定款変更もできない

成年後見制度を使っても、後見人の職務は本人の財産の維持であって、事業承継のための贈与は原則として認められません。「間に合わなかった」で終わります

しかも今回、2027年という具体的な期限が視野に入っています。事業承継税制の特例措置を使うかどうかの判断を含め、動ける時間には限りがある。この状況で「先代がまだ元気だから」と先送りするのは、率直に言ってリスクが高すぎます。

対策は3つあります。それぞれ守れる範囲が違うので、組み合わせて考えてください。

手段できること限界
家族信託自社株を信託財産とし、議決権の指図権を先代に残しつつ受益権を後継者へ移す。判断能力が低下しても株式の管理・処分が止まらない設計と組成に費用と時間がかかる。受託者を誰にするかの検討が要る
任意後見契約判断能力が低下した後の財産管理者を、元気なうちに自分で決めておける後見人の職務は財産の維持。事業承継のための贈与は原則できない
遺言亡くなった後の株式の行き先を決められる。最低限の防波堤「生前に止まる」問題は解決しない。認知症対策にはならない

いずれも、元気なうちにしか作れません。ここが決定的です。

まとめ|税制の話は、地盤が固まってからで間に合う

整理します。評価ルールがどう変わろうと無駄にならない準備は、この4つです。

やること目的着手のしやすさ
1. 株主名簿の整備と名義株の解消誰の株かを確定させる今すぐ・費用ほぼゼロ
2. 定款の点検
(とくに相続人等に対する売渡請求)
良かれと思った条項が凶器になっていないか確かめる今すぐ・費用ほぼゼロ
3. 議決権と財産価値の分離設計種類株式・属人的株式で、家族の公平と経営権の集約を両立させる株主総会と登記が必要
4. 止まらない仕組みづくり先代が判断能力を失っても承継が凍結しないようにする先代が元気なうちだけ

いずれも税額計算とは無関係に効きますし、今日から着手できます。そして、これらが整っていない状態で税金の話だけを進めても、いざ実行する段階で必ず止まります。

自社株の贈与ひとつ取っても、株主総会や取締役会の決議、株式の異動、株主名簿の書換え、場合によっては定款変更や役員変更登記まで、法務手続が芋づる式に発生します。「税理士に相談すれば済む」話ではないのです。

家を建てる前に地盤を調べるのと同じです。地盤工事は、どんな家を建てるか決まっていなくても始められます。

まずは株主名簿と定款のコピーを手元に出すところから。それだけで、見えるものがかなり変わります。


関連記事

評価ルールの改正内容そのもの——残余利益方式とは何か、どんな会社が増税・減税になるのか、2027年に何が起きるのか——については、noteに詳しくまとめています。あわせてご覧ください。

▶ 【2028年、自社株の“値段”が変わる】相続税評価の新ルール案を、司法書士・FPの視点で読み解く

※本記事は2026年8月時点の情報にもとづく一般的な解説です。個別の税務判断については税理士に、具体的な法務手続については司法書士にご相談ください。

この記事を読んで、気になることが出てきた方へ

登記や相続の手続きは、調べるほど「自分の場合はどうなのか」が分からなくなります。江戸川区船堀の司法書士・行政書士きりがや事務所では、相続・登記・終活のご相談を承っています。

きりがや事務所に相談する

Youtube

関連記事はこちら

この記事を書いた人

アバター画像

司法書士・行政書士 桐ケ谷 淳一

鉄道(乗り鉄・撮り鉄両方)と麻婆豆腐・担々麺をこよなく愛する司法書士・行政書士です。
ひとり会社設立、副業・複業、小さな会社の企業法務の分野を得意としています。
1977年1月 東京生まれ東京育ち
2000年 日本大学法学部法律学科卒業
2004年 司法書士試験合格
2005年 行政書士試験合格
2007年 東京都江戸川区葛西駅前にて司法書士事務所・行政書士事務所を開業
2017年 平成27・28年施行改正会社法・商業登記規則、役員変更登記の注意点(株式会社レガシィから)のCD・DVDを出しました。