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はじめに:「使えない老後」という新しいリスク
老後のお金について語るとき、多くの記事は「いくら必要か」「どう貯めるか」を論じます。
でも、司法書士として相続の現場に何年もいると、別の問題が見えてきます。
「使えない老後」という問題です。
十分な資産があるにもかかわらず、「もったいない」「子どもに残さないと」という思いから、老後を我慢して過ごし、使い切れないまま亡くなる方が多くいます。
そして皮肉なことに、使い切れなかったお金が、相続トラブルの火種になることがある。
本記事では、相続の現場から見えた「残しすぎることのリスク」と、安心して使える金額の計算方法をお伝えします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案に対する法的・税務上の助言ではありません。具体的なご相談は専門家までお問い合わせください。
1. データで見る「日本の老後資産の現実」
まず、現状を数字で確認します。
高齢者が日本の金融資産の半分を持っている
70歳以上の世帯が、わが国の個人金融資産残高の5割弱を保有しています。
これは、日本の個人金融資産約2,100兆円のうち、約1,000兆円を70歳以上が持っているということです。
一方で、金融資産の保有目的で最も多かったのは「老後の生活資金」で、全回答者の約7割を占め、その割合は増加傾向にあった。
次いで「病気や不時の災害への備え」が約5割という調査結果があります。
つまり、高齢者が資産を持ち続ける最大の理由は「老後が心配だから」。でも実際には、その資産の多くは使われないまま相続されています。
相続税は「普通の家庭」の問題になっている
2024年の相続税の課税割合は10.4%と、統計開始以来初めて故人の10人に1人を超えました。
税額も3.2兆円と、2015年の基礎控除引き下げ以降で最高を更新しています。
さらに重要なのは、相続税の課税があった被相続人のうち約6割が課税価格1億円以下という事実です。
「相続税は億万長者の話」は、もう過去のことです。東京近郊に自宅を持つ普通の家庭が、相続税の対象になる時代です。
つまり何が起きているか
老後が心配で使えない → 資産が使われずに残る → 相続が発生 → 相続税がかかる・家族で揉める
このサイクルが、日本中で起きています。
2. 「残しすぎること」の3つのリスク
「老後のために残す」のは正しいことのように見えます。でも残しすぎには、見落とされがちなリスクがあります。
リスク①:相続税として持っていかれる
残した財産には、相続税がかかります。
例えば、子ども2人に3,000万円を残したとします。
基礎控除は4,200万円(3,000万円+600万円×2人)なので、3,000万円では相続税はかかりません。
でも、自宅(評価額3,000万円)と預貯金3,000万円を残すと、合計6,000万円で基礎控除を超え、相続税が発生します。
自分で使えば税金ゼロ。残せば税金がかかる。
これが、「使い切ることが有利」の基本的な構造です。
リスク②:家族の争いの種になる
相続財産が多いほど、相続人の間での争いが起きやすくなります。
司法書士の実務で相続調停・訴訟になるケースを見ると、遺産が多い家族ほど揉めやすい傾向があります。
「平等に分けたら揉めないはず」と思うかもしれませんが、現実には等分にできない財産(不動産・事業など)が含まれていることが多く、また介護への貢献度・生前贈与の有無など、感情的な問題が絡んでさらに複雑になります。
使い切って相続財産を減らすことは、家族の争いリスクを下げる効果があります。
リスク③:使えるうちに使えなかった後悔
これは数字ではなく、人生の質の問題です。
体が動く70代に使えなかったお金は、80代・90代になっても使えるとは限りません。
施設に入れば、使えるものが制限されます。認知症が進めば、自分で決められなくなります。
「いつか使おう」は、思っているより早く「もう使えない」に変わります。
3. では「いくら残せば安心か」——現実的な試算
「残しすぎはよくない」と言われても、「いくら残せばいいのか」が分からないと動けません。
ここで、現実的な試算方法をお伝えします。
ステップ①:月の生活費を確認する
まず、今の月の生活費を把握します。
総務省の家計調査によれば、65歳以上の単身世帯の平均支出は約15万円/月、夫婦世帯は約27万円/月です。
年金収入でカバーできる部分を引いた「不足分」が、貯蓄から補填する金額です。
計算例(夫婦世帯):
- 月の生活費:27万円
- 年金収入:20万円
- 月の不足分:7万円
- 年間不足分:84万円
ステップ②:介護・医療の予備費を確認する
平均的な介護期間は約5年(厚生労働省)。
在宅介護の場合:月5〜10万円×60ヶ月=300〜600万円 施設入居の場合:入居一時金(0〜100万円)+月15〜25万円×60ヶ月=900〜1,600万円
幅がありますが、500〜1,000万円を介護予備費として考えるのが現実的な目安です。
ステップ③:合計を計算する
計算例(夫婦世帯・85歳まで生きる想定):
| 項目 | 金額 |
| 生活費不足分(84万円×20年) | 1,680万円 |
| 介護・医療予備費 | 700万円 |
| 緊急予備費(1年分) | 324万円 |
| 合計 | 約2,700万円 |
これが「安心して生活するために必要な金額」の目安です。
現在の資産がこれを上回っている場合、超えた分は計画的に使っていいお金です。
重要な注意点
この試算はあくまで目安です。持ち家の有無・健康状態・家族構成によって大きく変わります。
また、インフレリスク・介護長期化リスクも考慮が必要です。
専門家(ファイナンシャルプランナー・税理士・司法書士)に相談しながら、個人の状況に合わせた試算を行うことをお勧めします。
4. 「使い切る」ための具体的な5つの方法
試算で「使っていいお金」が見えたら、次は「何に使うか」です。
① 生前贈与(年110万円以内)
子・孫への年110万円以内の贈与は、贈与税がかかりません。
10年間継続すれば、1,100万円を非課税で移転できます。
ただし、振込で行い、贈与契約書を作成することが必須です。記録がないと名義預金と判断されるリスクがあります。
② 体験・旅行への投資
「いつか行こう」を今年実行する。
旅行・グルメ・文化体験——これらに使ったお金は、相続財産として残りません。かつ、本人の人生の質を確実に向上させます。
③ 健康への投資
医療・歯科・フィットネス・栄養——健康維持への支出は、介護コストを下げ、使える時間を延ばします。
長期的には「最もコスパの良い支出」の一つです。
④ 住まいのバリアフリー化
自宅の段差解消・手すり設置・浴室改修——これらは、在宅介護を可能にし、施設入居を遅らせます。
介護保険の住宅改修給付(最大20万円)も活用できます。
⑤ 寄付・社会貢献
「誰かの役に立ちたい」という気持ちがあれば、寄付という選択肢があります。
相続財産として残せば相続税がかかりますが、生前に特定の団体に寄付すると所得税の控除が受けられます。
5. 「使い切り計画」を立てる前に確認すること
使い切ることを始める前に、司法書士として一点だけ確認してください。
遺言書と任意後見契約は、先に整えてください。
「使い切ろう」と動き始めた後で認知症になると、残った財産の処分も相続の設計もできなくなります。
使い切り計画と並行して、遺言書・任意後見契約の準備を進めることを強くお勧めします。
詳しくは、マガジン「親の『もしも』前に」の関連記事をご覧ください。
まとめ
- 日本の高齢者は金融資産の5割弱を保有し、多くが「老後が心配」で使えずにいる
- 残しすぎには「相続税・争族リスク・後悔」という3つのリスクがある
- 安心の金額は「生活費不足分+介護予備費+緊急予備費」で試算できる
- 超えた分は、生前贈与・体験・健康・住まいに計画的に使う
- 使い切り計画の前に、遺言書・任意後見契約を整える
「残す」か「使う」かは、どちらかが正解ではありません。
ただ、「使えるうちに使わなかった後悔」は、取り返しがつかないのも事実です。
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江戸川区船堀の司法書士・行政書士きりがや事務所では、遺言書作成・任意後見契約・生前贈与の設計・相続登記をサポートしています。
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